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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)1939号 判決 1997年1月28日

上告人

新井とよ子

新井久美子

新井千恵子

右三名訴訟代理人弁護士

田中俊充

圓山司

被上告人

有限会社館

右代表者代表取締役

新井幸子

被上告人

有限会社新井珈琲産業

右代表者代表取締役

新井幸子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田中俊充、同圓山司の上告理由について

有限会社の持分を相続により準共有するに至った共同相続人が、準共有社員としての地位に基づいて社員総会の決議不存在確認の訴えを提起するには、有限会社法二二条、商法二〇三条二項により、社員の権利を行使すべき者(以下「権利行使者」という)としての指定を受け、その旨を会社に通知することを要するのであり、この権利行使者の指定及び通知を欠くときは、特段の事情がない限り、右の訴えについて原告適格を有しないものというべきである(最高裁平成元年(オ)第五七三号同二年一二月四日第三小法廷判決・民集四四巻九号一一六五頁参照)。そして、この場合に、持分の準共有者間において権利行使者を定めるに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができるものと解するのが相当である。けだし、準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者のうちの一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能となるのみならず、会社の運営にも支障を来すおそれがあり、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた右規定の趣旨にも反する結果となるからである。

記録によれば、亡新井重行は、被上告会社らの持分をすべて所有していたものであり、その法定相続人は、妻である上告人新井とよ子(法定相続分二分の一)と子である上告人新井久美子及び同新井千恵子(同各五分の一)の外、亡新井重行と新井幸子との間に生まれた新井吾一(同一〇分の一)の四名であるところ、上告人らは、新井吾一の法定代理人であった新井幸子が権利行使者を指定するための協議に応じないとして、権利行使者の指定及び通知をすることなく、被上告会社らの準共有社員としての地位に基づき、本件各社員総会決議不存在確認の訴えを提起するに至ったことが明らかである。

しかしながら、さきに説示したところからすれば、新井幸子ないし新井吾一が協議に応じないとしても、亡新井重行の相続人間において権利行使者を指定することが不可能ではないし、権利行使者を指定して届け出た場合に被上告会社らがその受理を拒絶したとしても、このことにより会社に対する権利行使は妨げられないものというべきであって、そもそも、有限会社法二二条、商法二〇三条二項による権利行使者の指定及び通知の手続を履践していない以上、上告人らに本件各訴えについて原告適格を認める余地はない。その他、本件において、右の権利行使者の指定及び通知を不要とすべき特段の事情を認めることもできない。

本件各訴えを却下すべきものとした原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人田中俊充、同圓山司の上告理由

原判決には、以下に述べるとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、即ち、原告適格に関して有限会社法第二二条、商法第二〇三条二項の解釈を誤ったという違法がある。

一 原判決は、判決理由第四、一2(四)において、有限会社の持分を相続により準共有するに至った共同相続人は、有限会社法第二二条、商法第二〇三条第二項にいう社員の権利を行使すべき者の指定及びその旨の会社に対する通知を欠く場合には、特段の事情がない限り、社員総会決議不存在確認の訴えにつき原告適格を有しない(最高裁判所平成二年一二月四日第三小法廷判決・民集四四巻九号一一六五頁参照)として、控訴人(上告人)らに右特段の事情が認められるか否かを検討している。そして、相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能であるとはいえないし、権利行使者を指定して会社に届け出ても被控訴人(被上告人)らが指定届の受理を拒否することが明白であるということもできないから、右協議を行っていない以上、控訴人(上告人)らに特段の事情があるということはできないとしている。

しかしながら、後述のごとく、本件は相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能であり、仮に権利行使者を指定して会社に届け出ても被上告人らが指定届の受理を拒否することが明白な場合であり、「特段の事情」にあたる場合である。原判決の判断は経験則に反するものであり、審理不尽の違法がある。また、その結果、有限会社法第二二条、商法第二〇三条二項の解釈を誤ったという違法がある。これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二 本件が有限会社の持分の共有者間で社員の権利を行使すべき者を定めることができないやむを得ない事情にあることは以下のとおりである。

1 本件は、原判決も指摘のとおり、「新井重行名義の全財産は新井幸子に全財産を譲渡する」旨の平成元年一〇月一八日付けの亡新井重行名義の遺言書の真否をめぐり、上告人らと新井幸子との間で別件訴訟が東京地方裁判所民事三四部に係属中である。

更に、本件不存在確認の対象たる社員総会決議及び同決議を原因とする役員変更登記に基づき、幸子は重行の死後、被上告人らの代表者として行動している。

2 重行の相続人は、上告人らと、重行・幸子との間に生まれた新井吾一の四名であるが、吾一は未成年者であるため親権者幸子が法定代理人の地位を有している。したがって、出資持分の準共有者間において社員の権利を行使すべき者(以下「権利行使者」という)を定めるための協議をもつことは不可能である。

即ち、重行死亡後、幸子は前記遺言書が存在すると主張し、重行の全財産を自己が遺贈された旨を主張した。本件社員総会に基づく被上告人らの代表者就任の不当性についても、自分が全財産を取得したのだから持分も自分のものであり会社も自分のものであると主張していた。つまり、幸子は、会社持分が上告人らと吾一との準共有であること自体を否定しているのであって、右準共有を前提とする権利行使者を定める協議に応じるわけがないのである。

原判決は、「相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能であるとはいえない」と判示するが、これは全く社会通念及び経験則に反するものである。右のごとき幸子の置かれた立場や一連の言動から判断すれば協議に応じることはおよそ考えられないことである。実際に、本件訴訟においても、被上告人らは、第一審から本案前の抗弁として原告適格を否認してきたが、その理由とするところは幸子が重行から持分の生前贈与を受けたというものであり、仮にそれが認められないとしても重行から持分の遺贈を受けたというものである。被上告人の主張は、第一審、原審を通じて一貫して幸子が会社の持分を有するというものであり、その立証に全力を注いできたのである。また、前記のとおり、遺贈の根拠となる遺言書の効力をめぐって、現在も東京地方裁判所民事三四部で遺言無効確認等請求の訴訟が係属中であり、和解の見込みもなく、判決にむけて証拠調べが進行中である。万が一、幸子が権利行使者指定の協議に応じるとすれば、それは自分から重行の遺言書の存在並びに有効性を否定することになるのであって、幸子にとってとうてい選択できない行為であることは明白である。かような事実関係の下で、なおかつ「相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能であるとはいえない」というのは強弁であり、社会通念にてらした合理的判断によればとうてい是認できるものではない。経験則にてらして判断すれば、上告人らが、吾一及びその親権者である幸子と権利行使者指定の協議をすることが不可能なことは明らかである。

ちなみに、上告人らが、現に平成五年八月一九日付け内容証明郵便(別紙一)で吾一の親権者幸子に権利行使者指定の協議の申し入れをしたところ、幸子から同年九月六日付け内容証明郵便(別紙二)で、幸子は被上告人らの持分を生前贈与または遺贈により取得しており、協議の前提を欠いているから協議には応じない旨の回答がなされた。これまでの幸子の主張を前提にすれば、至極当然の対応であり、正に協議することが不可能であることは明らかなのである。

3 また仮に、権利行使者の指定行為は性質上管理行為であるとの立場をとって、相続持分合計で一〇分の九を有する上告人らが三名のうちから一名を権利行使者と定め会社に通知したとしても、被上告人らの代表者とされている幸子が、持分の生前贈与または前記遺言書を根拠に重行の出資持分全部は自分が取得したと主張して、上告人らの共同相続を原因とする持分権者の変更並びに権利行使者の指定届を拒絶することは明白である。

原判決は、この点についても、「権利行使者を指定して会社に届け出ても被控訴人らが指定届けの受理を拒否することが明白であるということもできない」と判示する。しかしながら、この判断も社会通念上納得できるものではなく経験則に反するものである。2で述べたと同じ事実関係から社会通念に基づき合理的に判断すれば、幸子が代表者である被上告人らが指定届けを受理することなどおよそ考えられず、受理を拒否することは明白であるといえる。

4 以上のとおり、本件は相続人間で権利行使者を指定するための協議をすることが不可能であり、仮に権利行使者を指定して会社に届け出ても被上告人らが指定届の受理を拒否することが明白な場合である。

三 有限会社法第二二条、商法第二〇三条二項は、本来、会社の事務処理の便宜を考慮したものである。しかし、本件のごとく会社の唯一の出資持分権者であった重行の死亡によりその相続をめぐり紛争があり、実際上相続持分の分割協議も権利行使者の指定も通知もできない場合にまで右規定を形式的に適用するならば、決議の瑕疵を争えない事態が生じることになる。即ち、形式的に会社側にたっている一部の者により不正な会社運営、違法、無効な総会決議がされたり、不存在の総会決議により役員変更登記がされる等の不正行為がなされても、他方の準共有者は同条項により権利行使を妨げられることになり、結局これらの不正を手をこまねいて見ているだけということになる。

本件においても、準共有者の一人である吾一が未成年者であるため親権者の幸子と指定者の協議が必要であるが、幸子は自分が持分全部の権利者である旨主張しており協議は不可能である。そして、幸子の主張の根拠たる遺言書の無効確認請求は別件訴訟で係争中であり、その裁判が確定しない限り協議実現は今後も不可能である。更に、上告人らが持分多数決で権利行使者を指定して会社に届けても、被上告人らの代表者は幸子であるから指定届けを受理しないことは明らかである。しかし、そもそも上告人らは、本件訴訟でまさにその幸子の代表者選任決議の不存在を争おうとしているのであり、それが結果的に幸子の不受理によって訴訟ができないというのでは、結局これらの不正を手をこまねいて見ているだけということになる。

これでは、出資持分の共有者の保護がはかられず、同条項が不正を助長する結果となり著しく不合理な事態を生じてしまう。少なくとも、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた規定が、会社の社員権の準共有者の権利保護に優先するというのは本末転倒であり、立法者もかような事態を予想又は容認したとは考えられない。

よって、本件のような場合には、上告人らが、有限会社法第二二条、商法第二〇三条二項所定の通知を欠いても本件決議不存在確認の訴を提起しうる特段の事情が存在するものというべきである。

四 従って、原判決は、経験則違反であり、有限会社法第二二条、商法第二〇三条二項の解釈適用を誤ったものといえる。

そして右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄されるべきである。

別紙〈省略〉

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